本校には、かつて地域で作成された記念誌やDVDなど、貴重な資料が残されています。それらをもとに、麻生津の歴史を少しずつ伝えたいと思っています。

朝津郷(あそうづのさと)という表記は、古い文献では「越前正税帳」(えちぜんしょうぜいちょう)にあります。これは、1年間に越前国の収支がどれだけあったか書かれた収支決算書で、731年(天平3年)の記録ということは、聖武天皇の飛鳥時代ごろの古さです。

平安時代(927年)の「延喜式」(えんぎしき:50巻から成る百科事典のような書物)にも、朝津(あさふづ)と記されました。

ふるさとの先人、泰澄大師に関係する書物として、越智山泰澄元享釈書(おちさんたいちょうげんこうしゃくしょ)もあります。鎌倉時代(1323年)には、「釈泰澄姓三神氏、越之前洲麻生津人」(しゃくたいちょうせいみかみし、こしのぜんしゅうあそうづのひと)とあるそうです。本校の「麻生津」と同じ表記が見られます。

多くの文献で、いずれも水に関係のある地名になっています。(浅津、浅つ瀬、朝水、朝津、浅水、麻生津)・・・昔の人々にとっても、利水と治水、自然環境が、生きる中心にあったのだと思われるのです。

出典:私たちのふるさと麻生津(H23年)